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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#717 院生による論文紹介1: (D1坂崎純太郎君):歩行中の運動コストの変化が個人の行動判断に変化を与える(Grießbach et al. 2021)

新企画として,大学院生に論文紹介をしてもらうことにしました。院生たちは自身の研究推進のために,私よりもはるかに新しい情報に触れています。そうした情報をこのコーナーで共有することを通して,考え方や表現力のアピールに生かしてほしいという想いから企画しました。

 第1回目は,博士後期1年の坂崎純太郎君です。修士論文ではTimed-Up and Go Testをひと工夫することで,高齢者の予測力を評価できるかについて検討くれました。博士後期課程に進学し,新たなテーマを模索する際で読んだ論文を紹介してくれました。  

Grießbach, E., Raßbach, P., Herbort, O., & Cañal-Bruland, R. Embodied decisions during walking. Journal of Neurophysiology,2022

目標に到達する意思決定は,同時並行で実行される行動とそれに伴う運動コストの変化に左右されます。例えば,歩行中の方向転換を行う場合,大きくバランスを崩すことを回避するため,曲がる方向と同じ方向の脚を向けて(Lateral step)方向転換を行います。こうした目標に対する動作の切り替えは,運動コストに伴うコストとして,動くことのできる環境(例:狭い足場)や反応するまでの時間,自身の身体的・認知的制約(例:ものを持つ,会話をするなど)による影響を受けます。Grießbachらは,こうした歩行中の環境及び身体的制約を操作することで,運動コストが意思決定にどのような影響を及ぼすかを調査しています。

実験方法として,約3m先にあるターゲットに足を踏みいれ,スクリーン上に提示された得点(組み合わせ:40/60 or 50/50 or 60/40)の高い方へ方向転換する課題です。得点の提示はターゲットに踏み込む一歩前に提示されます。この実験では運動コストをswing leg effect(①Lateral step,②crossover step:歩行転換と反対脚でターン),Turning magnitude (方向転換を行う角度:15°,52.5°,90°)で調整を行っています。実験1aでは3つの角度条件ごとに比較し(例:左90°vs右90°),実験1bでは実験1より踏み込むターゲットを狭め,ステップ位置の制約を加えている。実験2では2つの異なる角度条件(例:左15°vs右90°)と刺激のタイミングが異なる条件(早い/遅い)で比較しています。実験3では両足に2.5㎏の重りをつけ,同一角度条件での比較を行っています。

実験1a,実験1bの結果では,ターンの角度が大きくなる場合,crossover stepを選択しなければならい状況では,得点の低い選択を行う参加者を多く認めています。加えて,crossover stepの回避戦略として,transition step(もう一歩反対側に踏み込み,同側脚から方向転換を行う)を選択します。実験2の結果では,提示される得点のタイミングが直前であるほど,crossover stepを回避し,角度の小さい方を優先することが分かっています。実験3では課題遂行に要する時間は長くなるものの,swing leg effectに有意な差は認めませんでした。

Grießbachらの研究から得られた知見から,日常生活において若齢者は,方向転換にlateral stepを選択し,前段階で歩行調整し,曲がる角度を限りなく小さくできるようにしていると考えられます(Grießbach et al., 2021)。一方,高齢者は方向転換時に今回の論文にcrossover stepに類似した戦略を好む傾向が報告されています(Akram SB et al.,2010)。こうした高齢者の行動は,運動の予測段階で生じているのか,認知的柔軟さの低下により動きを切り替えられないのか,自身の研究に通じる部分を感じます。

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